岡谷市のうつりかわり 1岡谷市のもとができる

更新日:2020年03月27日

 明治のはじめごろ、岡谷にはじめての学校ができました。そのころは、20の村にわかれていて、今井・小井川・西堀・岡谷・間下・小尾口・新倉・花岡・小坂・東堀・西山田の各村に、学校ができました。
 それよりも前は、寺子屋というところで「読み・書き・そろばん」を習っていたようです。お寺や村役人などの大きな家が、寺子屋にあてられていました。

おじいさんの話(1923年ごろ)

 むかしは、学校へ行くのに着物を着てげたやぞうりをはいて行きました。かばんは、今の小学生のもっているようなかばんではなく、ふろしきとか、お母さんに作ってもらったふくろなどを使っていました。勉強は読本(国語)・算術・歴史・地理・唱歌(音楽)・体操・書きかた・図工・手工(家庭科図工)・修身(道徳)などがありました。1年生の読本だけカタカナでした。教科書は、お金を出して買いました。ノートがなかったので、石盤と石筆を使って書いていました。そのころは、家の手伝いの方が大事だったので、お子守などで学校を休むことも多かったです。また、自分の弟や妹をおぶって学校に行くこともまりました。それでも学校に行くのが楽しく、みんな元気に通っていました。

(田中小学校児童のおじいさんの話より)

むかしの写真

この記事に関するお問い合わせ先

工業振興課

〒394-0028
長野県岡谷市本町1-1-1
電話:0266-21-7000